横浜地方裁判所 昭和37年(タ)75号 判決 1963年4月26日
本籍 東京都 住所 神奈川県
原告 武田良子(仮名)
国籍 フイリッピン 住所 不明
被告 ロザリオ・トントス(仮名)
主文
原告と被告とを離婚する。
原告と被告との間に昭和三一年一一月一三日出生した男子ベンの親権者を原告と定める。
訴訟費用は、被告の負担とする。
被告のためにこの判決に対する上訴提起の附加期間を壱月と定める。
事実
原告は、「主文第一項および第三項同旨。」の判決を求め、その請求の原因として、
「一 原告は日本人であるが昭和二八年九月以降フィリッピン人たる被告と同棲し、両名は昭和三二年一一月○○日正式に婚姻届をしここに法律上夫婦となり、爾来横浜市○区○○○町二丁目○○番地に居住し平凡な家庭生活を営むに至つた。そして、被告は諸方の貨物船の船員として働いていたが、右両名の間に昭和三一年一一月一三日男子が出生しベンと命名された。
二 しかるに、被告は昭和三二年一二月一二日頃原告に対して本国のフィリッピンに帰ると言い置いて横浜港を出帆し、爾来六ヵ月位の間は母国から便りをよこしたが、その後はなんらの音信もなく、原告からの書信に対する応答も欠け、生死も全く不明であつた。しかも、被告は帰国後原告に対し生活費等の仕送もせず、そのために原告は生活に窮し叔母の押見てつ代の営む料理店の手伝等をして辛じて生活を維持してきたのであるがその間すでに五年有余を経過し現在の生活は困窮の極に達している。
三 右被告の所為は日本国民法第七七〇条第一項第二号、第三号、第五号の裁判上の離婚原因に該当するから、原告は同人と被告との離婚を求めるため、この請求をする。」
と陳述し、
立証として、甲第一ないし五各号証を提出し、原告本人訊問の結果を援用した。
被告は、適法な公示送達による呼出を受けながら、本件口頭弁論の期日に出頭せず、かつ、答弁書その他の準備書面の提出をもしない。
(因みに、当裁判所が本件訴状等送達のため被告の所在搜査を日本国外務省に嘱託した結果フィリッピン共和国駐在日本国大使より外務大臣宛回答書(甲第四号証)記載のとおり被告との連絡は肩書連絡先に依りうる旨の回答があつたが、その後同連絡先宛訴状等送達の嘱託に対する外務省の回答によれば日本国とフィリッピン共和国との間には現在未だ国際司法共助に関する条約が成立していないから訴状等訴訟書類の送達はできない(甲第五号証参照。)とのことであつたので、本件にあつては公示送達の方法を採つたものである。)
理由
一 いずれもその方式および趣旨ならびに原告本人訊問の結果により成立の真正を認める甲第一ないし五各号証ならびに原告本人訊問の結果を綜合すれば、「請求の原因一、二の各事実(ただし、現在生死不明という点を除く。)。」を肯認することができ、この認定を妨げる証拠はない。
二 日本国法例第一六条本文の定めるところによれば国際離婚はその原因たる事実の発生した時における夫の本国法に依るべきところ、本件離婚原因発生時における夫たる被告の本国法であるフィリッピン共和国の離婚法では夫婦間の離婚を認めず唯単に法的別居のみを容認しており、又反致の制度も認めていないから、結局本件のような場合にあつても離婚は許されないこととなるわけであるが、しかし、ひるがえつて思うに、離婚当事者の一方が協議上および裁判上の離婚を認める法制下にある日本国民である場合その者の生活は日本国の社会生活や法的感覚と密接なつながりをもつものであつて、これを更に普遍的な人間性の観点よりすれば、法例により適用を命ぜられた外国法規の内容が日本国の私法法規のそれと牴触するためその外国法規適用の結果が日本国の法理念の根本原則に著しく反し相対的に国民の人間性ないしその生活を害ねるものである場合は法例第三〇条にいうわが国の公序良俗に反するものと解するを正当とするから、当該外国法規の適用は排除されねばならない。そして、この場合には、法廷地法である日本国法令を適用すべきである。
されば、本件においては日本国民法に準拠すべきところ、前記一に認定した被告の所為は同法第七七〇条第一項第二号の裁判上の離婚原因(悪意の遺棄)に該当するから、この点においてすでに原告の本訴請求を正当として認容すべきである。
三 次に、原被告間の未成年の子ベンの親権者の指定については、それが国際離婚に伴う附随的効果であるから前記法例第一六条に準拠して父たる被告の本国法であるフィリッピン共和国の法に従うべきところ、同国の法規によれば、すでにのべたとおり、離婚を認めないのであるからこれに伴う子の親権者指定の問題を生ずる余地はなく(法律上の別居の場合の子の監護権者の指定については別論である。)、すなわち準拠法欠缺の場合に該当するから結局条理として日本国民法を適用すべきものと解すべく、同民法第八一九条第二項の定めるところにより、本件にあらわれた諸般の事情を参酌して、右男子の親権者を原告と定める。
四 よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、被告のための上訴提起の附加期間の定について同法第三六六条、第三九六条、第一五八条第二項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 若尾元)